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山口地方裁判所徳山支部 昭和63年(ワ)141号 判決 1994年4月15日

原告

河村忠徳

右訴訟代理人弁護士

井上智治

堀裕一

青木秀茂

安田修

長尾節之

荒竹純一

野末寿一

千原曜

野中信敬亡中嶋堅一訴訟承継人

被告

中嶋賢樹

<外三名>

右四名訴訟代理人弁護士

山崎照夫

主文

一  原告が別紙物件目録(一)記載の各土地のうち別紙現況位置図記載ア'、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ、ア'の各点(但し、コ点はP点と同じ位置。)を順次直線で結んだ範囲の土地部分につき、昭和三七年一二月締結の債権契約に基づく通行権を有することを確認する。

二  被告中嶋康雄は原告に対し、別紙物件目録(一)記載一、二の各土地のうち別紙現況位置図記載コ、エを結んだ直線上に設置された金属製レール及びその上を滑走できる可動式の鉄製引戸を撤去せよ。

三  被告中嶋康雄は、別紙物件目録(一)記載の各土地のうち別紙現況位置図記載ア'、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ、ア'の各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分に自動車、土砂その他一切の物品を置いて、原告が通行するのを妨害してはならない。

四  原告の請求のうち、一2の予備的請求を却下する。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一1  主位的

(一) 原告と被告中嶋賢樹、同中嶋康雄、同深井美千恵、同中嶋保徳との間において、原告が別紙物件目録(一)記載一の土地のうち別紙現況位置図記載ア、イ、オ、ケ、コ、サ、アの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分を承役地とし、別紙物件目録(二)記載の各土地を要役地とする通行地役権を有することを確認する。

(二) 原告と被告中嶋康雄との間において、原告が別紙物件目録(一)記載二の土地のうち別紙現況位置図記載イ、ウ、エ、オ、イの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分及び別紙物件目録(一)記載三の土地のうち別紙現況位置図記載カ、キ、ク、ケ、オ、カの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分をそれぞれ承役地とし、別紙物件目録(二)記載の各土地のいずれもを各要役地とする通行地役権を有することを確認する。

2  予備的

原告が別紙物件目録(一)記載の土地のうち別紙現況位置図記載ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ、サ、アの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分につき、旧市街地建築物法により昭和二四年ころ指定された建築線が建築基準法により道路位置の指定があったものとみなされ、その後同法により昭和二七年七月一五日にその位置が変更されたことに基づく通行の自由権を有することを確認する。

3  三次的

(一) 原告と被告中嶋賢樹、同中嶋康雄、同深井美千恵、同中嶋保徳との間において、原告が別紙物件目録(一)記載一の土地のうち別紙現況位置図記載ア、イ、オ、ケ、コ、サ、アの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分につき、別紙物件目録(二)記載の各土地を要役地とする時効取得に基づく通行地役権を有することを確認する。

(二) 原告と被告中嶋康雄との間において、原告が別紙物件目録(一)記載二の土地のうち別紙現況位置図記載イ、ウ、エ、オ、イの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分及び別紙物件目録(一)記載三の土地のうち別紙現況位置図記載カ、キ、ク、ケ、オ、カの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分をそれぞれ承役地として、別紙物件目録(二)記載の各土地のいずれもを各要役地とする時効取得に基づく通行地役権を有することを確認する。

4  四次的

原告が別紙物件目録(一)記載の土地のうち別紙現況位置図記載ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ、サ、アの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分につき、昭和三七年一二月締結の債権契約に基づく通行権を有することを確認する。

二  主文第二項同旨

三  被告中嶋康雄は、別紙物件目録(一)記載の各土地のうち別紙現況位置図記載ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ケ、コ、サ、アの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分に自動車、土砂その他一切の物品を置いて、原告が通行するのを妨害してはならない。

第二  事案の概要

一  請求原因

1(一)  原告は、別紙物件目録(二)記載一の土地を昭和二九年一二月二八日相続により取得し、同記載二の土地を同二三年三月二八日売買により取得し、同記載三の土地を同三三年一二月一九日売買により取得し、同記載四の土地を昭和三三年五月一三日本訴提起当時の被告亡中嶋堅一(堅一という。)から譲り受けた(以上の各土地を原告土地といい、それぞれを個別に指すときは地番に従い、二番の一の土地、三番の一の土地のようにいう。その位置関係は別紙位置略図記載のとおりで、以下に記載の土地も同じ。)。

(二)  堅一は、別紙物件目録(一)記載一、二の各土地を昭和三〇年一〇月七日売買により取得し、同目録(一)記載三の土地は、原告に前記五番一の土地を譲り渡した際、交換的に譲り受けたものである(以上の各土地も地番に従い、五番の二の土地、六番の土地、八番の土地のようにいう。)。

(三)  原告と堅一は、昭和三七年一二月堅一所有の五番二、六番及び八番の各土地のうち別紙現況位置図記載ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ、サ、アの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分(本件通路という。)に対し、これを承役地とし、原告土地を要役地とする通行地役権を設定する旨の合意をした。

(四)  被告中嶋康雄(康雄という。)は、堅一の次男であるところ、昭和六〇年四月、同人から八番の土地を譲り受けた。

2  仮に右合意が通行地役権設定の合意と認められないとしても、これによって少なくとも本件通路に沿って商店街がある限り存続すべき使用貸借契約に基づく通行権が成立したことは明らかである。

3  仮に原告が前記合意による通行地役権を有することが認められないとしても、

(一) 原告は、昭和二六年本件通路を開設し、以後これを継続して通行し、かつ、維持管理して来たから、その後二〇年を経過した昭和四六年に右合意による場合同様の通行地役権を時効取得した。

(二) その後被告康雄が昭和六〇年に堅一から八番の土地を取得したこと前記のとおりである。

4  また、本件通路については、昭和二四年ころ、旧市街地建築物法七条但書の規定により、四メートル幅の部分を私道として建築線の指定を受けており、現行の建築基準法施行に際し、附則五項により同法四二条一項五号の道路の位置指定があったものとみなされたが、その後、昭和二七年七月一五日に同法所定の手続を経て、若干右位置指定が変更された。

これに基づき、原告は通行の自由権を有する。

5  堅一は本訴係属中の平成二年二月一七日死亡し、六番の土地は被告康雄が遺産分割協議により相続取得し、五番の二の土地についてはなお分割協議が調わないので、同被告と同様堅一の子である被告中嶋賢樹、同深井美千恵及び同中嶋保徳が共同相続しており、同被告らにおいて本件訴訟を受継した。

6  被告康雄は、別紙現況位置図記載コ、エを結んだ直線(コエ線という。以下他の点を結んだ直線の場合も同様に表示する。)上に金属製レール及び同レール上を滑走できる可動式鉄製引戸を設置し、また本件通路上に自動車、土砂その他の物品を長時間放置して、原告土地から本件通路に出入し、これを通行する者の通行を妨げている。

7  よって、原告は、被告康雄所有の六番及び八番の土地のうち別紙現況位置図記載イ、ウ、エ、オ、イの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分及び同記載カ、キ、ク、ケ、オ、カの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分のそれぞれにつき、また、被告ら所有の五番二の土地のうち別紙現況位置図記載ア、イ、オ、ケ、コ、サ、アの各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分につき、

(一) 被告らに対し、

(1) 主位的に、請求原因1の事実に基づき、原告土地を要役地として、被告らの右各所有部分を承役地とする通行地役権の確認、

(2) 予備的に、請求原因4の事実に基づき、被告らの右各所有部分に対する通行の自由権の確認、

(3) 三次的に、請求原因3の事実に基づき、被告らの右各所有部分に対し時効取得した右1同様の通行地役権の確認、

(4) 四次的に、請求原因2の事実に基づき、被告らの右各所有部分に対する使用貸借に基づく通行権の確認、

を求め、

(二) 被告康雄に対し、右各通行権に基づき、請求原因6記載の通行妨害物件の排除と将来の妨害行為の禁止を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)、(二)の事実中、五番一及び八番の各土地の所有権移転関係事実は否認し、その余は認める。

同(三)の事実は否認する。

同(四)の事実は認める。

2  請求原因2の事実は否認する。

3  同3の(一)の事実を否認し、(二)の事実は認める。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実中、被告康雄が原告主張のレール及び引戸を設置したことは認めるが、その余は否認する。

三  抗弁

1  (通行地役権の登記の欠缺)

八番の土地につき、仮に原告がその主張のとおり通行地役権を得たとしても、その登記を欠くから、前記のとおりその後昭和六〇年に同土地を取得し、登記も取得した被告康雄に対抗できない。

2  (事情の変更)

本件通路については、地価の暴騰により高額の固定資産税を支払わねばならぬという所有者にとってきわめて過酷な事態となっており、また、周りの経済環境が一変して徳山市における一等地となり、同通路部分のより有効な活用が求められている反面、原告は原告土地隣接部分に自己の主宰する会社関係の土地を含めると数筆の土地を確保し、これら原告支配の土地だけで銀南街から銀座通りに至ることができるのであるから、本件通路を通る必要はないうえ、原告は今や莫大な資産を有し、各地に事業を展開しており、住居も別に構えていて、本件通路の通行がその生活上不可欠というわけのものではない。

このように、前記原告と堅一の合意当時予見できず、かつ、当事者の責に帰し得ない事情の変更があって、当事者を右合意で拘束しては信義則に反する結果になる場合には、いわゆる事情変更の原則を適用して、右合意は失効したというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の登記の欠缺自体は認める。

2  抗弁2の事実は否認する。

なお、道路位置指定のあった私道は地目を公衆用道路に変更すれば、固定資産税が零となるのが一般である。

四  再抗弁(抗弁1に対し)

被告康雄は、前記登記の欠缺を主張できない背信的悪意者である。

すなわち、同被告は、堅一の子で相続人であるから、堅一の地位を包括的に承継する者であり、また、八番の土地を譲り受けた際、本件通路が昭和二五年頃から通路として使用されて来たことを知悉していたばかりか、原告からも前記合意の存在と内容を知らされていたこと、堅一の実子であったため同土地を無償で取得することができたこと等を勘案すると、原告の取得した通行地役権につき、登記の欠缺を主張し得る正当な利益を有する第三者には該当しないというべきである。

五  再抗弁に対する認否

再抗弁事実中、被告康雄が堅一の子で、八番の土地を無償で譲り受けたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

第三  判断

一  請求原因1(一)、(二)の事実中、五番の一及び八番の土地の所有権移転関係事実を除く部分と(四)の事実については当事者間に争いがない。そして証拠(甲一、一一、二一、原告、弁論の全趣旨)によれば、原告主張どおり五番の一の土地は原告が、八番の土地は堅一がそれぞれ取得したことが認められる。

なお、当曜五番の一の土地は五番の二の土地及び徳山市銀座一丁目五番三の土地(五番三の土地という。)とともに、登記簿上堅一と訴外加藤秀雄の共有とされていたことが認められるが(甲九、一二、二一)、証拠(甲四五、九二の1、2、一二六、原告、弁論の全趣旨)によれば、右当事者間ではすでに分割がなされ、実質上現在の五番の一の土地と五番二の土地の部分が堅一の所有地、五番三の土地の部分が右加藤の所有地となっていたことが認められる。

二  本件通路の開設、維持、管理について

証拠(その都度括弧で示す。)によれば、次の事実が認められる。

1  昭和二四年一二月頃、原告が結成に尽力し、自ら事業活動に携わった匿名組合たる徳山中央映画劇場組合が六番の土地に映画館を開設することを計画したが、そのためにはその南西方にある銀座通りと北東方にある銀南街のいずれへも通り抜けられる四メートル幅の私道を設けることを監督官庁から義務づけられたところ、その頃原告が映画館開設のため、自己固有の八番の土地約二〇坪を提供してあったため、ほぼ本件通路の位置に四メートル幅の私道を設けることで旧市街地建築物法七条但書の規定による建築線の指定を受けることができ、翌年一月に予定の映画館が開館される運びとなった。

そして右建築線の指定を受け私道とされた部分は、昭和二五年の建築基準法施行に際し、附則五項により同法四二条一項五号の道路の位置指定があったものとみなされたが、その後、昭和二七年七月一五日に同法所定の手続を経て、銀座通りに通ずる部分においてやや東南の方へ隣地との境界線に沿うように道路の位置の指定が変更された(右最終的に道路位置指定のあった私道を四メートル道路という。)。(甲一、三三の1ないし3、六一ないし六三、九〇、一〇二、原告)

2  四メートル道路は、徳山市の二大商店街を結ぶもので、その後これに沿って個々の店が立ち並ぶこととなり、現実には別紙物件目録(一)記載の土地のうち別紙現況位置図記載ア'、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ、ア'の各点を順次直線で結んだ範囲の土地部分が通路としての形態を整えるに至り(以下、本件通路というときは、この部分を指す。後記三3の後段部分参照。)、右映画館や道沿いの店舗に出入りする者らがこれを利用した。(甲三四の1ないし8、四五、九二の1、2、九三、弁論の全趣旨)

3  昭和三〇年頃、堅一が徳山中央映画劇場組合の権利を買い取るとともに、前記のとおり五番二と六番の土地を取得し、八番の土地も原告から譲り受けたが、昭和三五年一一月右映画館が全焼した。(被告らもこれを認めるなど弁論の全趣旨)

4  昭和三七年四月、前記のとおり当時原告土地の所有者となった原告が、同土地上にあり自己が経営していた本件通路沿いの三軒の店舗及びそれより西側のやや奥まったところにあった自宅を取り壊し、跡に自己が主宰し経営する事業の拠点たる事務所ないし店舗のためのビルを新築した際、右六番の土地上の映画館の焼け跡を無断で砂等の建築資材の置き場所にしたため、堅一から抗議を受け、話し合いの末、同土地の同年四月から一二月までの使用料として原告が四〇万円を支払うとともに、原告と堅一は「五番、六番及び八番の土地に跨る四米通路の現状をお互いのために現状以上に改善することを認める。」との記載のある協定書(本件協定書)を取り交わしたが(原告と堅一が各一通ずつ所持することとなった。)、それには右四米通路の位置形状を示す略図が添付されており、右略記された通路は、本件通路と大略一致することが認められる。(甲二、四五、九二の1、2、一二五の1ないし6、乙二、証人吉武春見、原告、堅一)

なお、右略図上の四米通路部分には着色がなされており、原告が所持する文書と堅一が所持していた文書では、右着色範囲に違いがあるが、右四米通路を画するかのように記入された破線の位置形状からして、また、現実に存した通路は銀南街と銀座通りとを結び、通り抜けできるものであって、その一部を特に右協定の対象から除外することになった事情を認め得る資料はないことを合わせ考えると、右四米通路はほぼ本件通路全体と一致する部分を指すものと認めるのが相当である。

5  そして、原告は、右ビル建設以来本件通路に向けて出入口を設け、同通路を日常的に使用するかたわら、右協定の趣旨に従い、自ら又は自己の主宰する企業の名において、同通路に面する他の店舗の経営者ともども、本件通路の舗装やこれに沿って設けられた溝の整備補修を必要に応じて行なってきたが、このことについて堅一から、苦情等が申し出られたことはない(甲六、七、原告、弁論の全趣旨)。

6  昭和六〇年四月、本件通路の一部をなす八番の土地が堅一から被告康雄に贈与され、同被告の取得登記も経由された。(甲一一、被告らも認めるなど弁論の全趣旨)

7  その後、堅一が平成二年二月一七日死亡するとともに、相続が開始され、六番の土地は遺産分割協議を経て被告康雄が取得したことは当事者間に争いがなく、五番二の土地は被告ら全員がこれを承継し、堅一存命中に提起された本訴訟のうち同人を被告とする部分が被告らに受継されたことは、当裁判所に顕著である。

三  原告主張の通行権の存否について

1 以上認定したところによると、本件通路に該当する部分は、少なくとも昭和二四年ころ旧市街地建築物法により私道として建築線の指定がなされて以来、一般の通行の用に供され、建築基準法の施行とともに同法四二条一項五号の道路位置指定があったものとみなされ、その後、若干の右位置指定の変更を経るなどして、結局、現実には、銀南街と銀座通りを結ぶ本件通路のような形態を整えるに至り、これを踏まえて昭和三七年一二月に、当時同通路に接する五番の一の土地及びこれに続き同土地と一体的に利用していた二番の一、三番の一、四番の一の各土地を所有する原告と本件通路部分の所有者であった堅一との間に、本件通路を尊重し、その補修整備にお互いが協力する旨の合意(本件合意)が成立したことは、動かし難い事実といわなければならない。

2 ところで、原告は、本件合意をもって通行地役権の設定があったと主張するけれども、本件協定書には要役地の指定がないこと、本件通路は、もともと六番の土地の所有者及びこれを承継した堅一が同土地の利用に資する目的で私道を設けこれを維持した結果、一般の通行の便にも供されてそれが慣行し、その後これに接する土地を取得した原告がその通行の利益を享受するに至ったもので、原告は同道路の補修整備以外には何も負担する必要がなかったし、本件協定書の記載上も将来にわたってかなり広い地域を自由に通行できることに見合う負担らしい負担はないことを合わせ考えると、本件合意において、堅一が原告に対し、殆ど一方的に義務を負い、利するところの極めて少ない半永久的な通行地役権を与える意思表示をしたと解することはできないというほかない(堅一は、そのような強力な権利を与えることになると意識していれば、右合意はしなかったであろう。すなわち前記認定の事情よりして、当面本件通路を廃止するつもりはなく、六番の土地の利用と無関係な他人の通行も許容してきたが、これを利用する者がその補修整備に協力するというなら、拒む理由はなくむしろ好都合という程度の気持で本件協定書の作成に応じたもので、それ以上の意図はなかったとみるのが自然な見方であろう。)。

3 しかしながら、本件合意により、堅一が本件通路の維持管理に原告の協力を得ることとし、その通行を期限の定めなく認めたことは間違いないから、同人は、みだりに本件通路を廃止変更しないのみならず、原告の通行を妨害してはならないという債権契約上の義務を負担したことを否定することはできず、半面、原告は債権的効力を有する通行権を取得したことになるといわなければならない。(原告は、使用貸借に基づく通行権の取得を主張するところ、本件の場合土地の独占的使用を伴っていないから、右主張は採用できないが、それよりも権限の内容が制約される右認定の通行権の主張もその中に含まれていると解する。)。

そして、右債務を被告らが相続により承継したことになる。

なお、右通行権を有する土地の範囲につき、本件協定書には四米通路と記載されているが、前記認定のその作成前後の事情からして、また、同文書を子細に検討すると、四米通路の「現状」とあり、添付の略図を見ると銀南街に接する部分で広がった形を示すなど現状を重視していることが認められるから、右四米という字句にあまり捕らわれるべきでなく、右は概ね四メートル幅の、現に通路として使用されている部分を指しているものと認めるのが相当である。

そして、本訴提起当時は、ウア線上のウ点から2.88メートルの地点をア'点とすると、ア'コ線に沿って側溝があり、これが五番二の土地と五番三の土地(昭和六〇年まで訴外加藤秀雄及び加藤佳子が所有)の境界線をなしていたものと認めるのが相当であり、従って、ア'コ線を本件通路の北西側端の線と認めるのが相当である。(訴状添付建物現況図参照、甲二、一二、七二の1、2、乙二、弁論の全趣旨)

4 ひるがえって、前記認定の事実からして、本件通路は、四メートルの幅において建築基準法による道路位置指定がなされている反面、原告は原告土地上のビルにおいてする事業経営のため、本件通路への出入り通行を日常的に必要とし、絶えずこれを使用していることが認められるところ、このような場合、原告は、被告らが所有者として、右道路を交通及び防災に資するよう種々の規制を受け、道路として維持管理することを法的に要請され義務づけられていることの反射的利益として、通行の自由を有するが、右は民法上保護に値する自由権と認めるべきであり(これを通行の自由権という。)、その行使が妨げられるときは、妨害排除を求め得ると解するのが相当である。

そして、その通行の自由権を有する範囲は、前記認定の事実よりして、オケ線上のオ点から四メートルの地点をケ'点、カキ線上カ点から四メートルの地点をキ'とすると、別紙現況位置図記載のア'、イ、ウ、エ、オ、カ、キ'、ケ'、コ、ア'の各点を順次直線で結んだ範囲の土地と認めるのが相当である。

5  通行地役権の時効取得は、「継続かつ表現のもの」でない限り認められず、その指標としては、要役地の所有者が、承役地たるべき土地に自ら通路を開設し、通行している場合に限るのが相当であるところ、本件の場合、これに該当する事実を認めるに足る証拠がない。

四  ところで、以上考察してきたところによると、原告は本件通路につき債権契約上の通行権を有することになるが、その存続期間は、使用貸借に関する民法の規定に照らし、目的を達するまでとするのが相当であり、その判断には、被告らの主張するように、社会全体の発展をはかるという法の理想を基底においた最有効利用の視点を欠いてはならないと考えられるが、本件の場合、前記道路位置の指定が解除されておらず、本件通路の大部分の範囲においてなお存続している現状にあるうえ、原告が本件通路の使用を本件協定書取交わし時と比べて、格段に必要としていなくなっていることを認めるに足る証拠がないことを合わせ考えると、右通行権の終期は到来していないと認めるのが相当である。

被告らの事情変更の原則に関する主張は、採用するに由ないものと考える。

五  以上の次第で、原告は本件通路に関する債権契約上の通行権と本件通路内の大部分の範囲において、前記通行の自由権を有するものであるが、被告康雄が本件通路上に原告主張の金属製レール及び鉄製引戸を設置していることは当事者間に争いがなく、その位置は前記認定事実により、本件通路の右通行の自由権を原告が有する部分内にあることが認められる。

また、証拠(甲七一、七二の1ないし10、七三の1ないし34、七六の1ないし25、七七の1ないし6、七八の1ないし8一、七九の1ないし6、八〇の1ないし4、八一の1ないし4、八二の1ないし6、八三の1ないし12、八四の1ないし4、八五の1ないし8、八七の1ないし8、原告、証人塩村文男)によれば、被告康雄は、本訴を本案事件とする仮処分事件において裁判所から本件通路の通行妨害の禁止を命じられたのにかかわらず、本件通路内に杭を立てたり、穴を掘って掘り返した土砂を放置したり、自動車を置いたり(他人に置かせたり)して長時間右通行を妨げて来た経過があることが認められる。

六 そうすると、原告の本訴請求は、前記債権契約上の通行権の存在確認を求める部分並びに通行の自由権とこれの及ばないところは右債権契約上の通行権に基づきその妨害物件の撤去と将来の妨害禁止を求める部分につき理由があるから認容し、通行の自由権は実定法規上の根拠を欠き、内容が定まっていないから、その確認をしても民事紛争の直截的な解決に資するところがなく、従ってこれを有することの確認を求める部分は確認の利益を欠くものとして却下し、その余は失当として棄却することとする。

(裁判官東修三)

別紙物件目録(一)(二)<省略>

別紙位置略図<省略>

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